台風直前の勝浦、潮岬の海岸
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4年前、Kチルドレンが多数誕生した。
当初、彼らは選挙民の中に貧困に苦しむ人たちが多数居るのに驚き、彼らのためになにかしたいと意気込んでいた。
彼らが見たのは、K改革の裏面でもあった。
しかし、いつしかそういう声も少なくなり、今回の大量絶滅にいたった。
今度、大量発生したOチルドレンは、どうであろうか。
初心を大切に活動を続けてほしいものである。
また、Kチルドレンも、今回の惨敗にめげず、地道に活動をつづけて政治家として成長していってほしいものである。
今度の選挙の利益誘導型の部分はもうやめてほしい。
両チルドレンが、競い合って切磋琢磨し、日本の将来を本当に託すことができる政治家になってくれることを、切に願っている。
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花は可憐で、美味
ところが、ミョウガを食べると物忘れをするという。
落語にもある。宿に泊まった客に忘れ物をさせてちょうだいしようと、ミョウガづくしの料理を食べさせた。翌日、客は荷物を忘れなかったが、宿代を払うのを忘れていったという落ち。
だが、ミョウガにそのような作用はあるのだろうか。
ショウガと同類で、体の活性を高めても、忘れやすくさせるようなことはないと思う。
だが、我が坊守がミョウガが大好物なことから思いついたことがある。
我が坊守は、まことに鋭い忘却力をしている。拙僧のかなりの失言も、翌日にはすっかり忘れてくれている。
これは、体質、生活習慣とも関係がある。夜更かし、朝寝で、体の活性が低そうなのだ。
そこで、本能的にミョウガをたくさん食べて、体の活性を高めようとしているのではなかろうか。
つまり、物忘れをしやすい人が、ミョウガを好んで食べるのを見て、ミョウガを食べると物忘れをするという誤解が生じたのでは。
ぬれぎぬを着せられたミョウガには、気の毒である。
ミョウガは美味で、落語はおもしろい。
世の中の諸憂を忘れる効果は、ありがたいことではある。
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今年はミニトマトが豊作
ただ、味がもう一つ大味かと思っていた。
そこに、我が坊守の親友の河童尼が長野からやってきて、これは調理用トマトだという。
これを期に、ドライトマトにしてみた。
種の周りにうまみ成分が多いので、ここで種を取ったり洗ったりはしない。
一日、自然乾燥。
加熱をしないでの自然乾燥は一日だけにした方が、無難の様である。
(果実の中の酵素による甘みの増加は、ここでストップ、甘みを強くするのには、切らないままで数日天日にあてておいたら良いだろう。・・・推測)
それから、電子レンジで、加熱、乾燥。
それを、また一日自然乾燥。
これを繰り返すと、完成
パンやスパゲッティにトッピングするものらしい。
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島の朝
屋久杉の前で
ツアーには、YNAC(有、屋久島野外活動総合センター)の皆様のお世話になりました。
同センターのホームページ(http://www.ynac.com/)には、懐かしい画像など満載ですね。
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黙祷
水分子などによる輪廻転生
地震で亡くなった方々の体を形作っていた物質,特に水はどこに行ったのか判明している。
空,海,そして私たちの体の中を巡っている血の中に,まず間違いなく,巡っている。
地震で無くなった方ばかりでなく,クレオパトラも楊貴妃も小野の小町も,水の分子は私たちの体の中を巡っている。
この物質は,過去の情報,すなわち故人を構成していたという情報を保持している。
つまり,故人の情報は,私たちの体の中に保持されているのである。
魂については,よく分からないが,これら物質の中に分散して残っている情報には,魂の情報も含まれていることは,間違いない。
従って,阪神大震災で亡くなられた方は,私たちの体の中で生きている考えることができる。
このことは,過去に生きた全ての人,生き物にも当てはまる。
地球上の生き物は,この様に輪廻転生しているのである。
私たちは,現在も彼らと共に生きていると考えたい。
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蛙などの楽園が、再度整地された後、きれいな家が建てられた。
若い夫婦に、子供が3人。
一番小さな可愛い子の名前が、三太だった。
おらあ三太だ、というテレビ番組が、はやったいた時期のことだった。
この番組では、ヘビの卵を食べようとしてガキ大将に奪われ食べられてしまったとか、可愛い犬を食べられて悲しむ(アカイヌはうまいのだ、)という、想像を絶するストーリーが展開されていた。
あの、三太君。いまは、どうしているのだろうか。
メリー・クリスマス。
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近年、若い女性の弟子をとった。
20代のまじめな尼僧だ。
まもなく、彼女が私のことを、イグアナと呼んでいるのを知った。
当然、愕然とする。
ヘビ嫌いの我が坊守など、それは、ほとんど最低男という意味だと断定する。
しかし、得心が行かない。
その内、彼女が、カエル大好き人間だということが分かった。
彼女の言うには、最高点がカエル、イグアナは、かなりの高得点なのだそうだ。
おそらく、彼女の前世は、白蛇、白蛇伝の再来かもしれない。
我が坊守は、へんな趣味ね、とあきれている。
我が坊守の前世は、おそらくカエル、だからヘビが怖いのだ。そう見ると体型もどことなくカエル体型だ。
我が坊守に、言うと、「ふーん、私がカエルなら、私が大好きなあなたは、ハエね。」
ということで、ハエ男にされてしまった。
来世は、イグアナか、ハエ男か、どちらかを選べと言われても、返答に困るのだが。
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ある日、近所の子供達が、我が坊を取り巻いている。
皆、うれしそうだ。
一人が、おもちゃの大蛇を持っている。
聞くと、「おばちゃん(我が坊守のこと)面白いよ。」と言う。
つまり、我が坊守は、ヘビを怖がり、これを知った近所の子供達が悪童と化して、ヘビのおもちゃを持ち出して、我が坊守を追いかけ回したのである。
ついに、我が坊守は、我が坊に閉じこもり、これを悪童達が取り囲んでいたのであった。
「おじちゃんが帰ってきたから、おばちゃんも、ヘビが怖くなくなるよ。」と言ったら、悪童達はがっかりして帰っていった。
真実は、我が坊守は、その様なことで怖がらなくなる程度のヘビ嫌いではないのだが。
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今年も、台風が近づいています。
今朝は、鉢の避難で大わらわでした。
我が坊守からは、「こんなに鉢を増やしてどうするの。」とのお小言。
身にしみます。
昨年は、避難の回数も多く大変でした。
畏友の一方井法師が、温暖化対策をとらないと、50年後にはこうなるとの予言をしていますが、もうすでに起こっている様な気がする。
アメリカもハリケーンで大変です。実行力のある国ですから、温暖化対策にも、本腰をいれて欲しいものです。
では、自分はどうするか。ささやかな省資源が関の山である。
しかし、その積み重ねは結構大きいらしい。
クールビズなどの呼びかけも、その趣旨のようだ。少しは協力しようか。
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人は皆心眼を持っている。
見たいものを見、見たくないものは見ない。
しかし、多くを見通す心眼の域に達するのは、修養を極めなければならない。草木に対しても然り。
すべてを見通す心眼、・・・どんな小さな対象にも無限の事象が含まれており、そのようなことは、不可能であろう。
我が坊守の言葉、「花は咲いた時しか見ない。果実は実った時しか見えない。それ以外のときは、存在しないのと同じだから、あなた、世話しといてね。」
むむむ、これも心眼の達人である。
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服部譲二さんと横山美里さんのコンサート、とっても楽しく、感謝。
企画してくれた田崎真珠(株)にも、感謝。
懇談会で、質問などをした皆様の言葉も、楽器の音色の様に美しい音を奏でていた。
懇切に答えていた服部さんは、バイオリンは会話の手段ですと語っていた通り、会話でも名指揮者であった。
皆様に感謝。
実は、私もバイオリンを習ったことがある。一〇〇人の内、才能があると分かるのは、最後の一人だけという。
私は、一〇〇人の内、最初に才能がないと分かってしまった者だ。
才能があれば、提琴坊と称して、バイオリン托鉢をしたのに。
才能がないので、残念-!
注、「残念-!」は、「喝-!」と同義だと気が付いた。
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1.小石川植物園
私が、18のとき、葉の形態学のゼミにいた。
ある日、教授が、韓国の大学院生ですと一人の人を紹介してきた。
私たちは、一斉に丁重に挨拶した。
今思うと、彼は日本の学生との交流を期待していたのだ。
しかし、こちらは、一日葉っぱを見ていれば良い、葉っぱオタクばかりだ。「韓国からこられたのですか。」「はい、そうです。」・・・あとが続かない。
お互い、2.3メートルの距離を置きながら、葉っぱを見てばかり。
その内、彼は来なくなった。
私が、へそ曲がりを起こして、人社会で、難行苦行、修羅の道に踏み込む直前のころの思い出である。
2.上野公園花見乱闘事件
破戒僧のタイキュウが、花見に行こうと誘ってきた。
花見の場所にチョンという韓国女性がいた。同年代の学生で、愛想がよく、お酒をどんどん注いでくれた。酔いがかなり回ったころ、他の酔っぱらいが、チョンに絡んできた。そこからテンやワンや、乱闘になった。
気が付いたときは、めがねはなくなり、服はどろどろ。
破戒僧タイキュウの話では、チョンは、芸術分野で活躍しているそうだ。
3.ヤン
愚僧も修行が進み、弟子をとるようになった。その中に、ヤンがいた。日本育ちの韓国女性である。もと葉っぱオタクの愚僧とは違い、日本の常識に通じている。いつも、私が、日本の常識を尋ねて教えてもらっていた。
その彼女が、家庭裁判所の調停委員に推薦されながら、日本国籍がないことを理由に、辞退してくれと頼まれたとのことだ。
日本で生まれ育ち、良識に富んでいるのに、この様な差別をする理由はあるのだろうか。
最近、もっとも悲しく思ったできごとであった。
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当寺の蘭栽培の3原則である。
その心は、アンアンアンとっても大好きドラえもんである。
すなわち、安価、安易、安心の3原則である。
ところが、我が堂守の解は、次のようになった。
安逸、安直、アンポンタン
むむ、鋭い。
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嫁さんが、白鷺草の鉢をもらってきた。
どこかで群生していたものらしい。
野生のものは、見るだけにすべきだと思うが、もらってきたものは、仕方がない。
花が終わって、球根になったので、玄関近くの苔庭に植え込んだ。
翌年、かわいい芽が一杯生えてきた。
うれしくて、嫁さんに、ほら一杯生えていると報告。
その晩、嫁さんが、自慢そうに「草ひいといたわよ。」という。
まさかと思いつつ、見ると、サギソウの芽が全く残っていない。
・・・。
自然に置いてあれば、こうはならなかっただろうに。
合掌。
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